編集者のひとりごと
 このページは、編集者が射撃だけに限らずいろいろな思った事を書いて見たいと始めました。
 勝手気ままに書きますので、意見の違いはあってもご容赦下さい。



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2019.01.23

時の過ぎるのは本当に早いですね、今日から51年目になる私のちょっとした記念日です。1世紀100年、その半分ですから半世紀となり、よくぞここまで長生きしてきたものだとびっくりします。この間、両親や親類友人そして、誰もが知っている有名人達が沢山この世から立ち去って行きました。人はなぜこの世に生まれてくるのだろうか・・人生楽しい事も悲しい事もそりゃいろんな事があり、人それぞれ波乱万丈の人生を歩んで行きます。中にはあの世を信じておられる方もいますが、そこから帰って来た人は居ないのではっきりとした事は言えません。「信じるものは救われる」なんて言う宗教家も居ますが果たしてそうでしょうか、世の中不条理な事ばかりがまかり通っている様な気がします。そんなに長くもない人の一生涯、楽しく過ごしたいと思いますよね、どうせ生まれたからには幸せに過ごしたいものですが、実際のこの現実社会ではなかなか思うように行きません。幸運な人もいれば何をしても不運続きの連続と言う人もいるのが現状です。このホームページも果たしてあと何年続けられるのか・・・私がドメインの使用料金やサーバーの使用料金を払わなくなったらすぐに消えて無くなるんです。ただ「You Tube」にアップしている動画は、よほどの事がない限り消え去る事はないのかもしれません。願わくば、私のひ孫やそのもっと先の子供達にも「へぇ〜こんな御先祖さんが居たんだ・・」と少しでも見てもらえたら嬉しいなぁと思います。

2019.01.22

先週の17日の木曜日、四条畷のKさんと、大阪のHさんと3人でお初天神近くの
宮崎県美味しい鶏専門店に行って来ました・・・
いつも以上に食べ過ぎてしまい、胃袋がはち切れそうになりましたが
その勢いと言うか、必ず寄る北新新地の老舗の「KIMURA Bar」に行きました。
ボトル1本がとんでもない金額のものもありますが、あくまで庶民的なウイスキーをチョイス
以前は帰宅するにも別段不自由はなかったのですが、転居してから
毎回30分近くかかる駅まで迎えに来てもらいますが、妻の運転とは言え
ハラハラドキドキの連続で、自宅に着いた頃には素面に戻っております・・・

2019.01.17

もう24年も経つんですね、阪神淡路大震災が発生してから・・・国内史上最大の震度7を記録し、兵庫県を中心に死者6434人、行方不明や負傷者あわせて約4万人以上。住宅も64万棟の被害が出ました。当日私は仕事で国道1号線の寝屋川辺りを走行中で、突然車がフラフラっと横揺れがしたので「あれ・・パンクしたのかな」と思い、前方の信号機を見るとユラユラと揺れているのを見て、「あっ地震か・・でも結構揺れたなぁ」なんて簡単に思っていました。東大阪市の仕事先の近くの喫茶店に入り時間調整の為、朝のコーヒータイムを楽しもうとしてテレビを見たら「大地震発生」の臨時ニュースをしていました。画面を食い入る様に見て「こりゃ大変な地震が起きたんだ・・」家は大丈夫かと心配になり電話しても繋がらず、これは仕事どころではないと帰宅する事にしました。普段は1時間もあれば十分に帰れるのですが、たぶん3時間か4時間ほど要したと思います。帰宅して自宅を見ても特に被害はなかったのですが、2階の妻はまだ寝ている時間だったので地震で飛び起きたそうです。あまりの揺れで立てなかったほどだったとの事、その時1階には私の両親がいましたがやはりあまりの揺れで動けなかったそうですが、特に物が落ちて来たり倒れたりもなく無事だったそうです。娘は学校のスキー合宿で福井県に行っていたので無事でしたが、私と娘の寝ていた枕付近には金属製の大きな置き時計や石膏像が落ちて来たので、もしその場に寝ていたら大怪我は間違いなかった事だと思います。
今考えても、とんでもなく大きな地震だったんだなぁ・・よく我が家や家族は無事だったんだと感謝するばかりです。震源地に近いところに住んでいた親類の家は半壊、そして友人の店は神戸の繁華街のど真ん中に合ったのですが、ほぼ全壊に近い損害を被ったりもしました。その店は事務用品や文具関係ではかなりの商いをしていて、従業員も30人以上居たそうですが人的被害はなかった様に聞いております。当然車の通行は出来ず、随分と歩いて店に出かけて被害にあわれた方々に出来る事を多くの従業員達でしたそうです。
その後も全国で大きな地震が発生し、大小様々な被害が発生しております。日本は地勢学的に地震が多く発生するところにあり、有史以来数多くの地震や火山の被害を経験しております。そして今後もそれらから逃れる事は出来ませんので、起きたらどうするか・・・いつも自問自答するのですが、さてどうしたらいいのやらと考え込んでしまいます。亡くなられた方達のご冥福を心よりお祈り致します。

2019.01.14

今朝のここの気温は−3〜−4度と冷え込んでいますが、天気は良さそうです。外はまだ真っ暗ですので、あくまでも気象庁発表なので目視したわけではありません。そして本日は成人の日ですね、私の成人式は・・・遠い遥か昔の事ですが、当時住んでいた地域の小さな会館で自治会主催で行われました。今の様な派手な服装や、どんちゃん騒ぎなどは全くなく、淡々と執り行われました。当時の数少ない写真を見ると、なにやら私が立って話している姿が写っていますので代表に選ばれたのかなぁ・・・そんなはずはないと思いますが、意外と無口だった様な記憶があるので人前で話す機会はあまりなかったはずです。もう少ししたらコロ君の散歩に出かけなければなりませんので、今日はこのへんで

2019.01.09

昨日はかなり気温が高く上着を脱いで歩いていましたが、今朝は一転して雪が積もっていました。庭の花も薄らと雪化粧していつもより綺麗に見えました。夏は5時半から6時頃に散歩に出かけておりましたが、最近は7時頃と随分と遅くなったのは、以前の通りだとまだ真っ暗な中で出掛けなければならないので、明るくなってから出る事にしたんです。さて本日はスタッドレスタイヤのテストでもして来るかな・・・

2019.01.08

三が日もあっと言う間に終わり、またいつもの生活パターンにもどりつつあります。
左のシクラメンと寄せ植えの鉢は現在玄関内に入れており、当分は外には出せなくなっております。寒さのせいで、あっと言う間にダメになるからです。せいぜい5度程度までなら良いのですが、ほぼ毎日0度前後ですからねぇ・・・
この地に引っ越してから、「Green Snap」と言う花好きの人たちのサイトに私が撮影した写真を投稿したりして楽しんでおります。投稿したらほぼすぐに良いねとか、コメントなどが届いたりします。北は北海道から南は鹿児島の方まで沢山おられますので、日々楽しんでおります。
近くに1個45円の美味しい卵を売っているお店があり、そのサイトに書き込んだらそんなに遠くない人が買いに行かれたりなんかしています。
結構私も楽しんで花の勉強?なんぞしています。

2019.01.05

正月気分覚めやらぬ3日に、また熊本で最大震度6弱と言う地震が発生しました。現在のところ人的危害は最小限の様ですが、まだこれから発生する可能性のある余震がどうなるかです。余震の方が大きい場合もあるので気をつけなければ・・とも言われております。昨年の春にはここ近畿北部でも地震が発生し、死者を含めて多くの方々が犠牲になられました。現在でも茨木市や高槻市およびその近辺では、屋根にブルーシートを掛けたままの住宅もちらほら見えます。若けりゃ住宅の再建や補修も可能ですが、高齢者や収入に限りがある人たちにとってはとてつもなく大きな負担となっています。我が家も他人事ではありませんので、もしもの時はどうすれば良いのかと考えますが、具体的な最善の方法は見つかりません。明るい今年をと願ったのに、しょっぱなからこんな事が起こるなんて・・・

2019.01.04

昨日の3日に、我が家から近い能勢の妙見山に初詣でに家族で行って来ました。「能勢妙見山」は日蓮宗霊場として有名なお寺です。また北極星を祀る、「北極星信仰の聖地」としても有名だそうです。最初の写真は、駐車場から登りきったところの見晴らし台から大阪湾まで見通せる綺麗なところです。今年はいったいどんな1年になるのでしょうか・・・5月1日は新しい年号に変わりますが、良い年になればと思います。

2019.01.02

穏やかな正月を迎えましたが、寒さは一段と厳しさを増して来ました。近所の人からは、1月末から2月の初め頃から本格的な寒さがやってきますよ、と脅かされております。さて今年はどんな年になるのでしょうか、興味津々期待大です。
5月1日から新元号になりますが、どんな元号になるのでしょうか・・・昭和生まれの私はどんどん押し流されて、遥か遠くに流れて行きそうですが、まだまだ当分しがみついてやり残した事(?)を心残りのない様にしないとね それと最近「Green Snap」で仲良くしている人たちから、これからもっと教えてもらって花の事を勉強しなくては・・・なんて思っております。

2019.01.01

2019年(平成31年) 元旦

新年あけましておめでとうございます。

今年は平成と言う年号の最後になります。
平成生まれの人も31才となり、昭和生まれの私達は明治の事を「明治は遠くなりにけり」と言ったもんですが、今度は「昭和は遠くなりにけり」と言われるんですね、この私の「ひとりごと」も今年で10年となります。射撃を卒業したのは、すでに一昨年の春とどんどん遠くなりました。生涯の趣味と始めたのですが、左肩そしてやや回復してきたら今度は右肩を痛めてしまい、断念する事となりました。
このコーナーの書き込みも、本来の射撃の事はもう書けませんので、その日その時の出来事や想い出話しなどを書いたりもしていますが、何か物足りないなぁなんて思う事もあります。一番このサイトを見ていただいた時などは、ヨーロッパやロシア、インド、北米など世界各地の射撃を愛好する方々が、当時大会の写真やビデオを見るために訪れてくれていました。イタリア人のピストル競技をされている方から連絡が来て、クラブのワッペンやバッチを送ってくれたりもした事もあり、あぁ世界の人々に見られていたんだなぁと言う実感がひしひしと伝わってきました。

 

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