私の写真館 2 立山・剣岳・黒部の思いで(1965年)

前のページからの続きです。
 喉の乾きも一息ついたところで、あらためて地図を見て「さああとどのくらい歩くのかな・・」と思案しているところに、国立公園を管理している人のジープが通りかかりましたので、止まってもらって尋ねました(一般の車は入れませんが、バスと作業車のみ通行可)。
「バスは通っているが、バス停ではないところでは止まらないから、室堂まで乗せて行ってあげる」と言われたので、「はい、ありがとうございます」と言ってちゃっかり乗せてもらいました。「ケーブルを使い、上まで昇りバスに乗れば室堂まですぐなのに、歩いてはとんでもなくしんどいよ」って言われました。
「きょうはどこに泊るの?」って聞かれたので「テントを持っていますから」と言うと「それじゃあ管理事務所に泊りな、まだまだ歩かないとダメだから、体力温存しなさい」これまた親切に言って頂き、有り難〜く泊めてもらいました。
 写真は翌朝登った立山連峰ですが、写真が小さいのでスケールのでかさは感じないかもしれませんが、右側の雄山を含めて3000mを超えている山々です。もちろんこの写真もサイトでお借りしました。
一番右の写真は立山(雄山)山頂にある雄山神社です。標高は3003mあり、写真で見える様に全体が岩だらけって言う感じですね、当然登って行くのもゴロゴロとした岩だらけの登山道(?)でした。通常3時間程度で登れるらしいのですが、私は当然大幅に時間がかかりました。当時の記憶として残っているのは、天気は良かったのですが、雲が多くあって付近の山々はちょっと霞んでいた様に思います。転げ落ちない様に、足元を見ていたので本当に美しい雄大な景色を堪能できず、思い返すと残念でした。
あっちこっちのサイトで綺麗な写真を見て、懐かしんでおります。もう一度ゆっくりとその感覚を味わいたいと思うのですが、おそらく、多分、絶対に行く事は出来ないし、無理でしょうね・・・・

上の左の写真は大汝山と言って3015mあり、立山連峰の最高峰です。尾根沿いに雄山から富士ノ折立、真砂岳、そして剣岳と続いて行く石ころだらけの山道です。尾根の道は以外と細くて、もちろんガードレールなどありませんので、足を踏み外せば命にかかわる大事故になります。「ただひたすら足元を見ながら、もくもくと目的地に向かって歩くだけ」でした。
 室堂を出発したのは・・確か朝の8時頃だったと思います。石ころだらけの雄山への登山道を登り、雄山神社に参拝し、尾根道をただ黙々としかしゆっくりとしか歩けない状態で、夕刻にやっと剣岳のキャンプ場に到着。
 今思えば、よくまあこんな山に登って行ったもんだと我ながら感心致します。若かったんですねぇ・・・あらためて写真を見て、自分の足で歩いて行った事が不思議でなりません。真中の写真が最高峰が2999mの剣岳です。映画「剣岳点の記」をご存知の方もおられると思いますが、そうその剣岳ですよ・・側で見るとその迫力には誰しも圧倒されます。私はさすがに登っていませんが、すごい迫力だった事を記憶しています。その麓にあるキャンプ場でテントの設営にかかりましたが、風が強くてなかなかテントが上手く張る事が出来ず、やっとの思いでロープを張って固定して、テントの廻りに石ころを持って来てテントの中に風が入らない様にしました。「やれやれ・・」さあ食事の用意だ、水場があるので水を汲みに行きましたが、その水のとんでもなく冷たい事に飛び上がりました。そして食後にはその冷たい水で後片付けを泣く泣くしました。そしてテントに潜り込みあっと言う間に夢の中に入って行きました。さぞかし綺麗だったろう剣岳も夜空の星も、全く記憶がない状態なのです・・・
 翌朝目覚めると、とっても良い天気だったと記憶していますが、若かったので昨日1日歩いた疲れもすっかり取れていました。朝食は何を食べたかとかはもう忘れてしまいましたが、食料も随分少なくなって来たので背中に背負っているザックの重みも軽くなり、後半戦の山歩きには嬉しい限りです。右の写真は剣岳から真砂沢に向かう剣沢雪渓です。真夏でも雪が解けずに残っていて、その上を下って行くのですが普通の登山靴だけでは、すべって転びそうになるので簡易アイゼン(X型アイゼン)を使用しました。(前ページにその雪渓で撮影した写真があります)登り道も結構疲れますが、下りも以外と神経を使います・・転ばない様にとね、しばらく行くと確か・・仙人池方面だったと思うのですが、地図では一般道と書いてあるのですが、岩の様なところにロープが張ってあってそこをよじ登ると言う感じですかね・・山歩きなどした事もない私にとっては、「ええ〜こんな一般道はないやろ・・」とぶつくさ文句を言ったのを覚えています。

 左の写真は皆さん知っているイチジク(無花果)です。なんでイチジクの話しなんか・・ってお思いでしょうが、私にとってはもの凄く想い出深〜いものなんです。一つは母方の祖父が丹精こめて育てていたのがイチジクなんです。私がまだ小さい頃に、祖父の家で食べた味がいまだに忘すれられません。話好きで、何度も何度も同じ昔話を語りかけてくれたその顔がイチジクを見る度に思い出されます。
もう一つは、立山・剣岳の旅の中での出来事です。万年雪の剣沢からの雪渓を下り、道を間違えて崖下に転落しそうになったりして、やっとの事で見晴しのよい場所で休息を取り、残り少なくなった食べ物の中に残しておいた「無花果」の缶詰を岩の上に腰をかけて、缶切りで蓋を開けてひとくち頬張ってみました「おいし〜い・・」と言う記憶のみが心の片隅に残っています。それから後今日まで、無花果の缶詰は見た事も食べた事もありません。食べたいなぁ・・・もう一度
 真中の写真は黒部峡谷にある阿曽原温泉の露天風呂です。もちろんこの写真は他のサイトからお借りしたものですが、私が行ったのは高校2年生の時ですから変わっている様な気がします。当初は宿泊の予定はなかったのですが、この温泉を通り過ぎてトロッコ電車の最終駅である欅平に向かう、そう何と言って良いのか・・切り立った峡谷に人がやっと通れる様な細い道があるのですが、温泉を過ぎあと3時間程歩けば駅につく道中の中程で、突然ダイナマイトの爆発音が聞こえて来ました。そしてその結果、仕掛けそこないで道が数十メートル無くなってしまったのです。仕方がなく来た道を戻って阿曽原温泉迄戻りました。そこには黒部ダムから欅平まで山の中をくり抜いたトンネルがあるのです。一般は通行と言うか入れない危険なトンネルなのですが、道が無くなったので管理人に言えば通してくれるよ、って工事人の人に言われたのです。結果的には翌日の朝迄許可が出ずで温泉に宿泊する事となりました。1人で歩いている時には、ほとんど人と合う事はなかったのですが、一旦せき止められると結構登山する人が多いのですねぇ・・50人以上になり、宿に泊る人や、表にテントを張る人等様々でした。私もお金がないのでテントを設営して寝ようかと思案していると、東京からの若い夫婦の方が、心配してお金を貸してくれ布団のある宿に泊る事ができました。夜に男性・女性にわかれて露天風呂に入る事になりましたが、最後の女性が入る時にお世話になったその綺麗な若奥さんから「いっしょにお風呂に入ろ・・」と言われました。「えっ・・後で入ります」と言いましたが、旦那さんも居る目の前でねぇ、そんなに子供に見えたんでしょうか?今なら喜んで??なんですけど・・・

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