来 迎 寺(らいこうじ)
奈良県奈良市来迎寺町

 寺は永久2年(1114年)奈良大仏の造営にあたった僧 行基により開かれたと伝えられているそうです。寺は現在無人で、遠方の住職が兼ねているそうですが、近隣の檀家の方々が管理しているので清掃などは、ほどほどにされていますので、無人の寺と言うと荒れ寺のイメージがありますが、けっしてそうではありません。
 ほとんど訪れる人もない様な寂れた寺に、何故私が行ったかと言えば、私の母と叔母、叔父、そして大好きだった祖父が約50年ほど前に訪れ、その時の写真を見ていた私は「いつの日か・・行ってみたいなぁ〜」と思っていました。子供の頃、祖父から「先祖にかかわる・・・」と聞いていた事もあり、寺の所在地を知る為に叔父に聞きましたが、もう随分と昔の話なのでなかなか要領を得ず、ある程度電話で聞きながらパソコンで同時進行的に探し出すと、やっと判明しました。

左の写真は、約50年ほど前に寺に行った母達です。祖父をのぞいて、みんな若かったなぁ・・・

 細い道を走り、寺に到着しました。「この道をおおよそ50年ほど前に、母や祖父、叔母叔父が歩いたのか・・」なんとも言えない気持ちでした。寺の苔むしたあまり人の登らなくなった石段を踏み締め、門をくぐり「石造宝塔」のある場所へと向かいました。

 本堂横に石塔があり、横の石段を登ると右側には立派な鐘があり反対側を見ると、また階段があってその上に目指す「石造宝塔」が見えました。上に行くと大小多数の石塔が、今にも倒れそうなものまで含めると、かなりの数が存在しているではありませんか、祖父や母達がとある石塔の横で写真を撮っていましたが、もう50年近く経っているせいか特定できず、多分これじゃないだろうかと言うものはありましたが定かではありません。あっちこっち見ましたがすでに文字らしきものも長い年月の中で、風雨に打たれて消えてしまったのか確認できませんでした。

 その昔誰かが造り、そして誰かを祀り、長い年月の間に人々の記憶や言い伝えも消えて行き、はかなく藪の中にひっそりと佇み、そしていつかは時の中に埋もれていってしまうのでしょうか・・・
ここには確かにその当時の人達の悲しみや嘆きがあり、人々の夢やロマンが埋もれているのかも知れないと感じました。

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